たとえばなし

偶像と結果論

初めて泣いた話とファンでいる理由の話

2019年1月12,13日の二日間。私は舞浜にいました。

その理由がこちら。

readinghigh.com

こちらの朗読劇に推しさんが出演するということでお邪魔してきました。

 

2017年の12月に上演された第一回公演にも推しさんは出演されていて、その時は一度しか観劇しなかったものの、舞台演出やキャスト陣の演技、そして生のオーケストラチームの演奏の衝撃が強く、とても印象に残っていました。

そして第三回公演である今公演のキャスト陣が発表された際のツイートが、今回どうしても劇場で観たいと思った決め手でした。

脚本・演出まで手掛ける方が、わざわざ推しさんの復帰を待ってまでその役をあてた理由が知りたかった。そこまで言わせる、言ってもらえる、推しさんの演技が見たかった。

しかも今回の演目はジャンヌ・ダルク伝説がモチーフ。私が大好きで大好きな題材。その上推しさん以外のキャスト陣も超超豪華な顔ぶれ。

そんなこんなで気づけば全公演のチケットを握りしめていました。脊髄反射でオタクするのやめようね。

 

 

簡単なストーリーとしては、ジャンヌ・ダルクは元々詐欺の天才で、所謂「ジャンヌ・ダルク伝説」は、当時の皇太子・シャルル7世やフランス王軍司令官であるリッシュモン大元帥を中心とした人々が、ジャンヌの詐欺の才能を利用し造り上げた作り話だった、というもの。

国に聖女として造り上げられ、そのまま異端審問で死刑となったジャンヌの復活を願うジル・ド・レと、そのジル・ド・レの周囲の人々が紡ぐ、痛々しくも愛おしい物語でした。

 

個人的に今回特筆しておきたいのはやっぱりジャンヌ・ダルク

某女性声優さんが演じていらっしゃったのですが、もう最高に理想のジャンヌだった。詐欺の天才であるという設定があるので、日常シーンでは「これがジャンヌ!?」と思わせるような発言だったりもするけれど、聖女モードに入った瞬間が本当に凄かった。

あまりに神々しく、気高い。指先から痺れていくように鳥肌が広がって、吸い込まれるような感覚すらしました。 

そんなジャンヌの台詞の中に、以下のようなものがあります。

嘘に命乗せなきゃ、嘘は嘘のまま。

人に命を懸けさせるならば、自らも命を懸けなければならないと。例え偽りであろうと、そこに命を乗せなければ嘘はただの嘘のままだとジャンヌは語ります。

私はこの台詞を"役者"が放つことに、一種の恐怖すら覚えました。

だってあまりにも切実で、どうしようもないほどにリアルだったから。

この台詞が、この演技が、このお芝居が。この朗読劇がこんなにも響くのは、間違いなく携わっている全ての人間たちが命を乗せているからなのだと思わされました。

他のキャスト陣の演技もなにこの贅沢な空間……というくらい珠玉のもので、演者の熱量にこちらが負けるという事態に陥りました。本当に体力の消耗が半端なかった。

落ち着いて見ようと思っていても気づけば身を乗り出してしまうほどに引き込まれる、そんな朗読劇でした。

 

 

さて、推しさんが演じていたラ・イルと呼ばれる人物は、ジャンヌ・ダルク軍士官、つまるところジル・ド・レの部下という立ち位置。普段は温厚そうに丁寧な振る舞いをしているものの、ラ・イル(フランス語で癇癪持ちの意)という渾名の通り、頭に血がのぼると激昂するという一面も。

そして元は戦争孤児でリッシュモン大元帥に拾われたという経緯もあり、物語の終盤では双方の間で揺れ動き苦しむという展開へと進みます。

 

私は今回の朗読劇で、初めて推しさんの演技に鳥肌を立て、そして涙を流しました。

今までも推しさんの演技を聞いて泣いたことはあったけれど、それは"推しさんがその演技をしている"という事象*1に泣いているのであって、演技自体に泣いたことってなかったんじゃないかな、と改めて思いました。

その辺の話は前にも書いた気がする。 

x1026.hatenablog.com

ただ大きな声を張り上げるだけではなく、そこの込められた激情だとか。零すように紡がれる独白だとか。

そういう様々な色や温度のお芝居を見た気がしています。声に、音に鳥肌が立って、気づいたら泣いているなんて、今までなかったなあ。何故今回そんな風に感じたのかまでは分からないけれど、そう感じた事実だけはここに残しておきたい。

毎度繰り返してしまうけれど、私は推しさんの負の感情のお芝居が好きです。

ピンと張られた感情の危うさと、それが緩んだ瞬間の脆さみたいな表現が好き。

そういう意味で、今回の役はいつかの私が"眺めていたい"と思った推しさんの演技、お芝居が見られた役でした。

 

でもそれはあくまで私の中の解釈であって、正直何故この役を「どうしても」と宛てられたのかは、今の私には理解しきれませんでした。

きっと作り手だからこそ感じ取る何かもあるのだろうし、私が掬いきれない推しさんの熱もある。

だから叶うなら、またこの極上の物語の中で、推しさんの演技の熱を感じてみたいです。 

 

 

 

 

↓以下雑記

年末に出た雑誌の中で、推しさんは「ファンから何を求められているのかが分からない」というようなことをお話していました。

いわゆるファンサービスみたいなこともしないのに何でファンでいるんだろう?みたいな話だったので、絶賛例のあの時のあれですね!という感じだったのですが(伝わらない人にはなにも伝わらない表現だなこれ)、個人的にはほんの少ししょんぼりしました。

私がこのインタビューを読んだのはちょうど先述の朗読劇を観た翌日だったのですが、何を求めてるも何も、ああいう演技を、お芝居を見たくてファンでいるんだよ、と。

綺麗事かもしれないけれど、ファンに対してどうこうよりも、企業に、業界に、世界に、知らしめてほしいんだよ、と。

朗読劇で推しさんのお芝居を聞きながら、この声で、この演技をしているところを見られるだけで充分なのにな、と思っていただけに、わりとショッキングな内容でした。へへ!

推しさんが是としないものを求めてしまっている自覚もあるけれど、何よりも声やお芝居、そしてお仕事に対する真摯さが好きで、眺めているだけなんだけどな。

まあだからといって、こんなこと言うなんてひどい!だなんて思わないし、むしろそんな風に考えさせてしまっているのは間違いなくこちら側の責任なので、申し訳ないなあとすら思います。だからこれで燃えないでね!お願い!

名前が売れてきた頃の、声優業の仕事量に見合わない露出が精神的にキツかったみたいな話もしていて胃痛がすごかった。当時のあれこれは本当に肌に合わなかったみたいなことを聞くたびに申し訳なさが募る。営業させてごめんね!!!!!!みたいな気持ちになる。落ち着きたい。もうお渡し会とか金輪際やめよう・・・?胃痛がすごい。

今年も推しさんをゆるゆる見てるんだろうなあ、と思った矢先にこのインタビューを読んで早くもすっ転んだ感がすごいのですが、それもまた私らしくていいかな、と。(よくはない)

踏んだり蹴ったり、同じことを延々と捏ねくり回して考えているだけの弊ブログですが、どうぞ今年もよろしくお願いします(拝)

 

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お題箱

 

 

 

 

*1:ガンダムNTの前口上で死ぬほど泣く女