たとえばなし

偶像を愛してたい

過ぎ行く景色を胸に焼き付けたら、きっと昨日の自分に手を振って

今でこそ、若手声優厨と呼ばれる界隈に身を置いている私。ですがぽろぽろと記事の端々にも書き連ねているように、元々は某J事務所のオタクでした。今回はそんな前の推し、基、元担の話を少し。

なんか怒涛のように更新してるけど、たぶん今アウトプット期なんだと思う。

 

私はこれまでの記事でも、彼のことを"元担"という表現をしている。

でも、ちょっとその表現に違和感を感じるのも事実。それは何故かと言えば、今あの事務所に出戻るとしても絶対に彼の担当として戻る確信があるし、最後の担当だって今でも思ってるから。

じゃあなんで上がったの?と聞かれれば答えは簡単で、たぶん「疲れたから」。
この答えが一番的確だと思う。

私が彼の担当でいた時間は言うほど長くはなくて、確か多めに見積もって4年くらい。入所からずっと追いかけてきたのが当たり前というあの界隈で、私は間違いなくぽっと出の新規で、彼のそれまでのアイドル人生の何も知らないオタクでした。

それでもあの4年間(きちんと熱量を持って追いかけていたのは2年半くらいだったような気もする)は、彼にとっても激動の時期だったと思うし、私のオタク人生でもいちばん煌いてたって今でも思ってる。っていうかもう詳細な時期が曖昧になってきてるから調べるために今wikipedia先生を開いたんだけど、彼もう30になるんですか。30。30て!見えないねえ!!

あの頃も私は今とそう変わらず、理屈を捏ね繰り回しては自分のプライドを裏切らないようにオタクをしていたので、きっとそんな自分に疲れてしまった面もあって。でも何より彼や彼を取り巻く環境・状況に疲弊して、そっと現場や界隈、アイドルである彼自身から離れたんだよね。

私はいわゆる個人担で、後から好きになったっていうのもあったからかな。正直、彼が所属しているグループにそこまで愛着はありませんでした。むしろ、好きじゃなかったんだと思う。 特別仲が良いグループではなかったし、明らかに今喧嘩してるんだろうな~……と思うときもありました。

担当のグループ内での立ち位置がどんどん下がることに不満を抱いていたし、グループ仕事よりも個人仕事のほうが好きだった。別ユニットのメンバーとの仕事で、この面子でデビューしたほうが担当のためだよな、なんて考えたこともあったなあ。

無事にデビューしてからも、思うことはたくさんあって。

手の届く範囲のオタクばっかり大事にすること。昔からのファンも大事だけど、新しいファンはそれじゃ増えないよって思ったこと、何回もある。

TV番組で空気の読めない発言を繰り返すメンバー。でもその子ばかりがカメラに抜かれて、担当は一言も喋らないなんてこともあった。それは別にそのメンバーだけが悪い訳じゃないのも分かってた。カメラアピールはアイドルに欠かせないスキルの一つだから。

でもそんなふうにずっと何処かで感じていた、自分の理想と現実とのズレが、どんどん大きくなっていったんだよね。


デビューして、少し経ったくらいだったかな。どう考えても情でデビューさせてもらって、ライバルユニットなんて言われてたグループはどんどん世間の評価を得て行く中、鳴かず飛ばすの深夜番組内で誰かが言った「今、俺たちすごい良い感じじゃない?」の一言。

これを聞いたときに、ああもうだめだって思った。目の前が真っ暗になった気がした。

今思えば、デビューして一年もしないうちのそんな一言、なんの重みもなかったのかもしれない。むしろやっとの思いでデビューして、これからだぞっていう意味で言ったのかもしれない。

それでもこの一言が許せなくて、悔しくて、悲しかった。

なんで現状に満足してるの?もっともっと上を目指してほしいのに、なんでこんなところでそんなこと言うの?

そう思ったら、もうだめだったなあ。

 

それでも、私は彼のことが本当にだいすきでした。

丸くて甘い歌声も、少し癖のあるダンスも。
拘りを持って選びすぎて、少し伝わりにくい言葉も。
目を見てオタクの話を聞いてくれるところ、ありがとうの言葉の色や温度。舞台上でお辞儀しながら合わせる両の手とか。

メンタルでパフォーマンスにムラが出るところ、プロなのにって思うこともあったけど、心配してた回数の方が多かったな。歌うパートが減ったとき、あからさまに顔をカメラから背けてたこともあった。イヤモニとかマイクトラブルがきっと一番嫌いだったよね。直接聞いたことはないから、私の予想でしかないけど。

デビュー前、急にTVに出なくなって、現場にもいなくなったとき、過呼吸になるくらい泣いたっけ。レギュラー番組もいきなり違う子出てきたことに焦って。真っ赤なステージに他のメンバーがいるのに、彼だけが居なかったMステのバック、今でも鮮明に覚えてる。

いっぱいお手紙も書きました。事務所には月3通、現場用はいつでも足せるようにストックは常に2、3枚。別に、読んでくれてなくてもよかった。中身のないことばかり書いてたし、何より事務所へのアピールでしかなかったから。

学生だったから今よりもお金がなくて、それでも自分に出来ることをしようと思って、がむしゃらにオタクしてた。自分の損得なんて本当にどうでもよくて、ただただデビューしてほしくて、顔見知りの同担さんに嫌われる覚悟で無茶もした。

誰よりもきらきらしているところを、出来るだけ近くで見てたいなって思ってたよ。

デビューする一年前、「これからも転がって行くのでついてきて下さい」って言ってたね。

デビューイベントの会見で言ってた、「星は誰かに見つけてもらって初めて星になれるから、出来るだけたくさんの人に見つけてもらえる星になりたい」って言葉、すごくすきだった。らしいなって思ったし、そんな風にたくさんの人に見つけてもらえるくらい、でっかい星になってほしかった。

ステージの上で歌って踊る、きらきらしたお星さまみたいな彼が、だいすきでした。

 

 

そんな彼が、今年デビュー5周年を迎えたそうです。

もう5年、まだ5年。

今もまだ応援していたら、きっともっと感慨深かったんだろうな。

あの頃私に優しく接してくれた同担のお姉さんたちは、きっと今も彼のことを応援しているのでしょう。去年、一昨年だったかな。有楽町でお見かけしたこともあります。お元気ですか。こんなところ、辿りつかないと思うけど。

ここ1年で彼らのポスターを街中で見かけることが、グンと増えました。ついこの間も、駅の地下道、ラッピングバス、CDショップの大モニター、色んなものが目に飛び込んできました。

オタクから、未練のある元オタクになって、ファンとも呼べない一般人になって。他の人のオタクをしながらも、元気が出ないときに聞くのは決まって彼のソロ曲で。

そんな私が街中で彼の欠片を見つけることは、広い空の中で光る星を見つけることになってるのかな。

でも、声優オタクをやってる元オタクが、またその星を見つけられるくらいの輝きがそこにあるのかな、なんて偉そうに思いもする。

 

たぶんもう、彼のオタクに戻ることはないと思う。

彼のオタクとして出来ることは、当時の私が全部してくれたはずだから。なんの意味もない、ダメなオタクだったけど。

きっと本当に嫌気が差したのは、担当でもグループでもなくて、こなくそって踏ん張れなかったあの頃の自分で。未練に隠れてたのは、私が手放した輝きを今でも変わらず見つめ続けてる人たちへの嫉妬心だ。

でも、この間今の推しさんを見て気付いたみたいに、ただ好きなだけでも許されるなら。身勝手なファンとして、でもいいなら。

一回くらい、今のあなたを見に行きたいと思うようになったよ。

ずっと目を逸らしてきた輝きと、向き合ってみたいと思うようになったよ。

見つめ続ける勇気がなくて手放した輝きを、ただ遠くから眺めて、ほんの少し浴びるだけならいいかな。きらきら輝く星を見つけておきながら放り出した償いは、きっと出来ないけど。

でもあれから数年経って、やっと"過去"にすることが出来たんだと思う。私の中でデビュー5周年っていう文字が、なんとなくあの頃の自分との折り合いを付けてくれたんだと思う。

私の知らない彼が、たくさんいること。それがもう当たり前で、仕方のないことだって諦められるだけの時間が経ったから。

通り過ぎた季節、見過ごした景色。そんな全部を目に焼き付けることが出来たなら、あの頃の自分に本当の意味で「がんばったよね」って言えるかな。

それでまた、「この人が好きなんだ」なんて素知らぬ顔で言ってもいいかな。

今もまだ、すきだなって思う気持ちは嘘じゃないから。

 

 

 

なーんて、見計らったように今年のツアーがみんな大好き横アリで平日公演なの、どうかと思う。

あと、この記事を読んだ現担当さんやら同グループ担さんに殴られる覚悟は出来てます、本当に申し訳ございませんでした。

それでも、ちゃっかり横アリに行ってたら笑ってやってください。