たとえばなし

偶像と結果論

推し被りとかオタクスタンスとかの話

当方、面倒なオタクです。

推しの仕事に対する理想も無駄に高い自覚はあるし、推し被り……便宜上この記事では同担という言葉を借りるけれど、同担さんに対して拒否という拒否もしないけれど歓迎します!とも言えないオタクです。

あと何より頭でオタクをするタイプなので、感情が付いて行かなくてよく困惑する。

今回はそんな同担さんに対するあれこれや、そこから派生するオタクをするスタンスについてつらつらと。自分の感情整理も兼ねて。

 

 

私は、今の推しさんの現場に行っても周りのことをあまり見ていない、と思います。

現場には推しさんのお仕事を見せてもらいに行っているという感覚なので、そこにいる同担さんとかにさほど興味がないんですよね。

某J事務所を追いかけていた頃は、わりと過激な同担拒否をしていた時期もありました。他の子にファンサしてるのを見たら凹んだし、良席で入ってもファンサがもらえなければがっかりしたこともあった。他のファンの子との扱いの差になんで!?平等にしてよ!って思ったこともありました。元担の一個前の担当くんのときの話です。

今の推しさんは声優だからファンサは仕事に含まれないし、そもそもファンサとかするようなタイプじゃないからなのかなあ。他の子が良対応されててもあまりなんとも思わないですね…。そもそもそんな場面を見かけることのほうが少ないというかほぼないけど……。(空中ファンサでたまたま目が合うのは個レスではない派)

所謂同担拒否って、比べる相手がいるからこそ成り立つというか、やっぱり負けたくない相手がいるから出来ることなのかなあって最近思います。

他のファンの子と推しのやりとりに嫉妬したくないから。自分は特別だと思いたいから。誰にも自分の"好き"を否定されたくないから。色んな同担拒否の理由があるだろうけど、どれも正当な動機だよね。


接近戦での推しとの会話も、相手にとっては何百というやりとりの中の一つにすぎないと思ってるから、それに固執することもあまりないです。自分だけに向けてくれた言葉だとか、表情だとか、そういう受け取り方をしてないっていうのが大きいのかな。推しさんや担当がおめめを見て話を聞いてくれるだけでお砂糖だ〜〜!って真面目に思ってます。

基本的に板の上できらきらしていてくれる推しや担当がすきなだけなので、自分に対する相手からの個人的なリターンを重視してないタイプのオタク。

推しと自分との思い出なんてものは存在しないし、接近戦の時にしか伝えられない直接の感想も、ある意味壁打ちと変わらないとすら思う。

でも別にそれは推しさんが悪いんじゃなくて、自分がオタクをしていく上で取るに足らないことなんですよね。

そもそも、イベントでのオタクへの良対応なんて仕事の範囲外じゃないですか。義務じゃない。義務なのは対応までで、その質をオタクが要求するのはお角違いというか。ただ対応してもらえるだけで十分な対価だ!

推しさんが言葉を返してくれようとくれなかろうと、ファンサがあろうとなかろうと、それだけで好きじゃなくなるなら最初から推してないし。

私が"推し"とか”担当”っていう枠に誰かを当てはめるとき、それはその人を応援したいと思うかどうかなので、そんな見返りありきで"応援"はできないでしょう、っていうのが持論。

応援することと、好きを主張するのはまったく別物で。

ただ好き!って声を上げることや、どんなに現場に通っていようと推しのことを自己顕示欲や自己承認欲求を満たすための道具にしているのは、応援していることにはならないと思ってる。他のオタクのマウントを取るためみたいなオタクの仕方は見ていて気持ち良くないから、私は好きじゃないです。

ドルオタ時代に知り合いのおねえさんが言っていた言葉で、「対タレントじゃなくて、対オタクでオタクをしたら終わり」という言葉があるのですが。

これを聞いた時にね、すごく感銘を受けたんです。対オタクでオタクをするってすごい言葉じゃない?自分のオタクとしての行動理由が他のオタクに起因するって、なんというかすごくオタクあるあるだと思う。

あるあるだけど、他のオタクのためにオタクするようになったらダメだなって。自分は自分とタレントのためにオタクをしよう、って小娘ながらに思ったのをすごい覚えてる。この言葉は今でも事あるごとに思い出します。戒めとして……。

対オタクにはならず、個人的な見返りは求めない。
そう、言う成れば、

オタクの愛はAgapeであれ。

これが今の私の基本スタンスです。

 

ただ、こういう風に考えてオタクをしている自分が正しい!そういう自分が好き!っていうところも正直少なからずある

だって、叶うならいつだって優良オタクでいたいじゃん!

少なくとも推しにとってマイナスになるオタクになりたくない。推しにとってマイナスにならないオタクでいるために、認知やファンサは必要ない要素だから。

推す対象がファンサマシーンタイプだったら話は別かもしれない。それに、もはや現場ガッツでもイチ付きの古参でもないからこう思えるのかもしれない。実際、今推しさんの接近に行って、万が一にも「初めまして」って言われたらさすがに泣いちゃうかもとは思う。いや泣かないかな……やっぱりなって思って終わるかもしれない……でも少なからずショックだとは……思う…たぶん……基本期待ということをしないからわからないな……

ただ根底に置いているスタンスがこういう考えなので、他の同担さんと自分を比べることがまず少ないんだと思います。

比べない=張り合わない=拒否する理由が一つ減る。この方程式が成り立つんだなあ。納得。

それでも、"すき"っていう感情に共感はしてほしいけど、共有はちょっと難しい。

これは何のオタクをしていても付いて回る私の自己認識です。

同じ人を見ていても、違う面、違う角度で見てたら解釈違いが起きて疲れる。

だから、この"共有"が難しくて、同担さんのおともだちはすごく少ないです。

今の推しさんに関して言えば、この雑誌の写りはどうだとか、好きな女性のタイプはどうだとか、彼女はいるのかいないのか、(外見的な意味で)ここがかっこいい、あそこがかわいい、みたいな話に興味が湧かないんですよね。演技とか、舞台上での推しさんのお話をさせてほしい。

何より、私みたいに理屈を捏ねくり回してるようなオタクの話を聞いてくれる同担さんは奇特なのではないでしょうか……。盲目になりきれないタイプのオタクなので、推しさんのこういうところが嫌だ、みたいな話もするし。

なのでもっぱら他の若手声優さんを推してる子や、もう長年お世話になってる人とかにひたすら推しさんの話を聞いてもらってます。

でも他の人に推しさんはどう見えてるのかなーって気になることはあるので、ブログとかはたまーに巡回してます。基本的に人様のオタクとしての考察とか読むの好きなんですよ。不快にさせたら申し訳ないなあと思ってあんまり読者登録とかできないんですけど。

 

ここまでダラダラ書いてきてあれなんですけど、自分本当にめんどくさいですね。

好きなら好き!それでいいのになあ。

本当はただ推しさんのここが好き♡かっこいい♡みたいに気軽にハート飛ばせるくらいが丁度いいって分かってる。

推しにとって!オタクの質は!金を落とすか落とさないかの二つしかない!んだから、もっと気楽にオタクしたらいーじゃん、って自分が一番思ってます。ええ。オタクやめたい。

でも違うんだよ~~その好きの種類、形、温度、色のひとつひとつに自分のプライドとか美学とか、理性とか執着とか意地とか、きれいなものも汚いものも全部詰め込まれてるの。だってオタクなんだもん!

推しのことちゃんとした意味で好きかわかんない、でもなんだかんだ細く長く推しさんのお仕事を追いかけてる。それって全部推しさんのオタクだからっていう理由に起因するわけ。

オタクの推しに対する”好き”ってそんな単純なもんじゃなくない?

憧れとか羨望とか色んなものをごちゃまぜにしたカオスな塊でしょ!?

ただ好きなだけで自分の生活投げ打って時間やお金を割くなんてできないでしょって……思うんですけど如何ですかね…。

オタクって本当に小狡い生き物だと思います。

自分の夢を他人の夢とすり替えて、時には押し付けて。それが叶えば勝手に満たされた気分になって。自分はなんにもしてないのに。

そう頭では分かってても好きだな、応援したいなって思える人がどんどん夢を叶えていく姿を後ろからでも見ていることを辞められない。

自分が夢を叶えられなかった分を、推しに擦りつけてるのかもしれないってたまに思う。 そういう後ろめたさもきっとある。だからこそ私は私のプライドを裏切らないオタクの仕方を貫いていきたい。

わかる〜〜こういうこと考えてるところがもうめんどくさい。わかる。

でももう今の推しさんに対してかっこいい〜♡好き〜〜♡みたいなファンには戻れない。つらい。推しさんに対してかっこいい大好き!世界で一番すき!!って熱量を持って言えるタイプのオタク、羨ましい。

どうしていつも粗探しみたいになっちゃうんだろう。間違いなく私が私自身ですきになった人で、すきな気持ちに嘘はないのに、諸手を挙げて全部ひっくるめてだいすき!って言えない。ここがダメ、ここもダメっていうところばかり目についてしまう。

でもそういうダメなところよりも、好きなところの引力が強いからオタクなんだよ。

ファンじゃなくてオタクなんです。オタクって業が深い。

 

オタクやめられない問題ってクズ男から離れられないダメ女問題に似てる気がする。ハマってるのがホストじゃなくて推しでよかった。生きるのつらい。